Information

注目

SCHEJULE 2017/4

dance170408
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◉ DANCE NIGHT
出演=NAZCA
2017/4/8(sat)
5:00pm-8:00pm
¥3000

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live170421
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◉ LIVE NIGHT
出演=キャロル山崎/𣳾地虔郎
2017/4/21(fri)
6:00pm-9:00pm
¥3000
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jazz170422
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◉ JAZZ NIGHT
出演=Orquestq Caliente
2017/4/22(sat)
Open 5:00pm
¥2000
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お問合せ・ご予約
Tel.045-641-1244
(4:00pm以降)

LOCATION

 

◉ 代官坂、元町

◉ 山手、本牧

◉ 山下町、中華街

FACILITY / PRICE

◉ 1階ホール
広さ/収容人数::100平方メートル/60〜250人
椅子/テーブル::椅子100脚/テーブル(小)(小)30台(大)4台 テーブルクロス付き
その他設備::::MC用マイク2本 簡易CDデッキ 音声出力アンプ ピアノ
ホール利用料金::1時間につき ¥20000 (2時間より)

トランペットルーム
TRUMPET ROOM

◉ 2階トランペットルーム
広さ/収容人数::20平方メートル/20〜50人
椅子/テーブル::椅子40脚 テーブル(小)20台(大)2台 テーブルクロス付き
ルーム利用料金::1時間につき ¥ 8000 (2時間より)

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BAR COUNTER

◉ 設備利用料金
備え付け照明機材一式5時間以内¥20000 厨房設備5時間内¥15000 カウンター設備¥10000
椅子1脚¥50 テーブル(小)1台¥100 (大)¥200 レクチャー台¥500 テーブルクロス1枚¥250
音楽イベント等の音響設備持ち込みは有料となる場合がございますのでご相談下さい。

◉ 駐車場
約10台分は無料でご利用頂けます

※消費税は含まれていません

お問合せ・お申込はこちら>>045-641-1244(月~土15:00~20:00)

WELCOME

Since 1946 、横浜元町クリフサイドは昭和21年8月に「山手舞踏場」として開店したレジェンドのダンスホールです。日本の有数のジャズミュージシャンが巣立った歴史あるステージと、100平米の吹き抜けのダンスフロアと和洋折衷の建築様式がドラマチックな空間をつくりだし数多くの映画の舞台にもなりました。山手の丘に峙つクリフサイドは古き良き横浜の香りをあなたにお届けします。

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200名収容の多目的イベントホールは、音楽イベントはもちろん、ダンスパーティやウエディングパーティなど多様なステージイベントに最適です。レッスン、展示会にもご活用ください。赤いピアノがチャームポイントの2F小宴会場「トランペットルーム」を含め、シックなバーカウンターや吹き抜け空間など全館を使ったアート・パフォーマンス、フォトセッション、映画・PV・コマーシャル撮影などイメージと可能性を拡げてください。

PLAN

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◉ 音楽イベント
◉ ウエディング
◉ パーティ
◉ 演劇・パフォーマンス
◉ 展覧会・アートイベント
◉ コスプレ・フォトセッション
◉ 映画・PV・コマーシャル撮影

HISTORY

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山手舞踏場 since1946

「クリフサイド」は古き良き横浜の雰囲気が残るストリート、元町代官坂を少し上った、トンネルの手前にある。かつて、ここから港が見えたという。
昭和21年8月、「山手舞踏場」としてスタートした。米兵相手のクラブばかりの当時、生バンドで日本人が踊れる高級ダンスホールとして名を馳せた。東京からもお客が詰めかけ、坂には行列ができたという。
創業者はスカーフの輸出業を営んでいた実業家の野坂政爾氏。終戦直後で物資のなかった当時、材木を買うために県知事に手紙を書いて建築許可を得た。その木造建築の建物は、今もそのままだ。広々したダンスフロアーとステージは吹き抜けの空間。2階はショー全体を見下ろせる回廊席となっている。
昭和27年の日活映画「上海帰りのリル」全編は、ここクリフサイドを舞台に撮影された。

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最盛期には200人の女性ダンサーがいた

作家や国会議員も常連だった。が、創業者の考えで、日付が変わる前には必ず閉店した。女性たちもダンスはもちろん、お茶やお花、英会話にマナーも仕込まれ、もっぱら“クリフサイド大学”と言われたそうだ。隣接する敷地に “白バラ寮”があり、そこに住んでいた女性もいた。元ダンサーは最近の取材にこたえ、語っている。
「食べるものもない時代、ここで働けたことで私の人生は輝いていきました。水商売なんて言わせない、とみんな誇りをもって働いていましたね」

一晩に4バンドも出演し、入れ替え制の入場を待つお客があふれていた。ジャズ界の草分け、南里文雄をはじめとしてたくさんのミュージシャンがここから育った。
クリフサイドは、自由に恋をささやける新時代の象徴だった。

入口で迎えてくれるのは黒いベストに白シャツのウエイター。1階ステージの反対側には客席を見渡せるバー、2階は回廊席になっているのも往時のままである。
いまも、クリフサイドに出演し、毎月の音楽イベントをプロデュースする泰地虔郎さんは、最盛期の頃からからここでサックスを吹いてきたジャズマンだ。 2代目社長の野坂欽也氏は語る。「父親の残したクリフサイドは、横浜のまちの財産です。兄たちの応援もあり、ここを残して、といってくれるみなさんがいる。社会に貢献してきた熟年の人たちに楽しんでもらいたいです」

(text: 小園弥生)